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活動報告

党市議団行政視察報告(2月5日〜7日沖縄県内)【2014/2/14】

【那覇市】
1、新市庁舎の防災機能について

 那覇市は、老朽化していた旧庁舎を2012年の12月に89億円かけて地上12階、地下2階の新庁舎に建替えた。建設計画は、東日本大震災以前であるが、地震や台風に備えた防災機能に力を入れており、免震構造を採用して震度6〜7程度の大震災にも耐える設計となっている。津波や台風襲来時の高潮・水害も想定して、1階の床を地表面より高くし、電機室や機械室は4階に配置し、非常用電源も72時間対応のディーゼルを設備している。また庁議室と防災無線室を連携して災害拠点機能も強化している。

2、議会基本条例の制定について
 
那覇市議会は、2012年12月議会で議会基本条例を全会一致で制定した。新庁舎建設に伴う新議場建設と2013年4月の中核市移行にあわせて、市議会として市民の多様な意見を議会活動に今まで以上に反映させるためには、議会改革が必要と言う合意がきっかけとなった。
 条例にもとづいて、市議会は議会改革推進会議を設置して、議会改革部会・広報参画部会・政策検討部会を設置して、定期的に部会を開催している。また、会派を超えて全議員が分担して市民対象の議会報告会や行政テーマごとの意見交換会を開いている。

3、市民に開かれた新議会庁舎について

新議場は議席を円卓会議方式に配置し開放的に設計されており、議案の表決も起立ではなく、原則としてボタンを押して意思表示し、その表決状況を個人別に議場内の大型スクリーンに表示して、市民に分かりやすくしている。さらに、傍聴席も身障者席を設置するとともに、子ども連れでも傍聴できるよう、防音装置でつくられた傍聴席も設置されている。
市民から、「市議会が何をしているか分からない」という声があったことを全会派で受け止めて、市民に開かれた議会運営にしようという真剣な取り組みがなされていることが印象的であった。

なお、以上の調査項目の説明は、議会事務局職員が同席はしましたが、副議長や数会派の議員が分担して行なってくれた。

4、那覇市療育センターの実績と課題について
 
同療育センター長から説明を受けた。1982年に開設され、市内の就学前の障害のある児童や発達の遅れが気になる児童や保護者を対象にした相談・訓練及び療育事業を実施している。子どもの発達を地域社会で支援する視点で、子どもと保護者を支援している。
 施設の体制は、社会福祉士・臨床心理士・理学療法士・言語聴覚士・保育士・保健師・事務職員合計26人。
 公私保育所・園での保育や乳幼児健診時の診断で、発達の遅れを把握した場合に、保護者に寄り添いながら必要な支援策を合意したうえで、的確なメニューを選んで、通所による訓練を行なっている。施設が老朽化しているので、近い将来、改築が必要とのことであるが、施設の部屋をフル活用して、子どもと保護者と職員が楽しく訓練が行われていたのが印象的であった。

【宜野湾市立博物館の施設概要について】
同館の学芸員から説明を受けた。
宜野湾市の歴史を古代から現在まで、子どもから大人まで分かりやすく学べる展示が行われていた。宜野湾市全体のジオラマ模型では、沖縄戦の後、アメリカ軍によって市民の家と土地が強制的に奪われて、市の中心部に米軍普天間飛行場が建設されて、69年たった現在もそのままになっていると説明を受けた。
今も、小学校や保育園や民家の上を米軍機が飛行し、離発着を繰り返している世界でもっとも危険な飛行場であり、宜野湾市としても早期返還を県や米軍に要求している。
展示品の多くは、市民からの寄贈で、企画展では、市内の自治会の協力も得ている。博物館を基点に地域と学校を結ぶ架け橋となるように努力されている。博物館では、住民ニーズにもこたえるために各種証明書の交付窓口にもなっており、選挙の際には投票所としても活用されており、市民が日常的に足を運んでくれる博物館運営に心がけている。

【公益法人沖縄県平和祈念財団・戦没者遺骨収集情報センター】

財団職員から説明を受けた。群馬県から沖縄戦に派兵され戦死した兵士は881人に及んでいる。沖縄戦では、18万8千人が犠牲になり、現在までに18万4,664柱の遺骨収集が完了しているが、まだ約3,500柱の遺骨が未収集となっている。
同センターでは、ボランティアの遺骨収集に助成もしながら、住民や全国の従軍体験者からの情報を得ながら、国と協力も受けて年間約100柱の遺骨を収集している。遺骨収集は、避難していた自然壕が埋没していたり、不発弾やハブ(蛇)の危険もあり、大変な苦労があるとの話を聞いた。

【沖縄県平和祈念資料館の施設概要について】
糸満市の平和祈念公園の中にある沖縄県直営の平和祈念資料館で県職員から説明を受けた。最初に、資料館の建設の経緯と事業の内容、利用状況の説明を受けた。
その後、職員から資料館の案内・説明を受けた。2階の常設展示場は、「沖縄戦への道」「鉄の暴風」「地獄の戦場」「証言」「太平洋の要石」の5つの展示室に分かれ、第二次世界大戦下の沖縄の悲惨な記録の数々、アメリカ占領下、逞しく生き抜いた沖縄の人々の生活史などが展示されている。とくに、沖縄戦の展示には力を入れており、20数万人の犠牲者を出し、犠牲者の数は軍人よりも一般人が上回り、追い詰められて自殺した方、飢えに苦しみ、マラリアに苦しみそのまま亡くなった方、日本軍の巻き添えになって殺された方など、戦争の残酷さと平和の尊さを民衆の視点から訴えるという趣旨で、沖縄戦に関するさまざまな資料を展示していた。1階には子ども対象の展示室があり、利用は無料。資料館のすぐ脇には、戦争犠牲者を追悼する「平和の礎」と各県の慰霊碑が設置されていた。

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